【開催報告】

2003/12/10


 郡山市ふれあい科学館では平成15年12月7日(日)に、昨年に引き続き福島県立博物館と連携して、郡山市出身で明治期に活躍した著述家 石井 研堂をテーマとした講座を、小中学生とその保護者を対象に開催しました。
 今回復元したのは「100年前のモールスの電信実験」です。果たして成功したのでしょうか?

 講師は福島県立博物館の専門学芸員 佐藤 洋一先生と主任学芸員の南雲 修先生、そして当館の岡田が担当しました。

 まず最初の実験です。集まったテーブルの上には、なにやら不思議な棒と板がありますが、2〜3m離れたところでブリキの板をたたくと、それにあわせて目の前の板も小刻みに動き出しました。 何が起きたのでしょうか? これが、これから体験する実験なのです。

 「実験」に入る前に、まずは石井研堂の研究者でもある福島県立博物館の佐藤洋一先生から、研堂の人となりとその時代背景、そして研堂の理科読み物が後世に与えた影響などについてお話しをいただきました。

 続いて南雲先生には、本日の実験のもととなった石井研堂の文章を参加者と一緒に読んでもらいました。参加者を代表して三瓶 友寛さん(守山小6年)と井原 奈美さん(ザベリオ小5年)が物語の登場人物に協力してくれました。
 難しい漢字や読みがなが多かったのですが、二人とも上手に、そして登場人物になりきって読んでくれました。(突然の指名に答えてくれてありがとう!)

 いよいよ100年前の実験に挑戦です。まずは銅線の被覆(ひふく)作業です。普段エナメル線やリード線は裸銅線の周りになんらかの被覆がされていますが、それはあまり意識されていません。被覆しないと電気がもれてしまい強力な電磁石が出来ません。
 研堂の本の中では絹糸を銅線に巻きつけるのですが、今回は真綿を使います。研堂も本の中で、この作業は難しいといっています。
 1mくらいの長さですが、だれも経験したことのないこの作業に35分もかかってしまいました。(写真右のテーブルの上に見える白いひものようなものが被覆した銅線です。)

 被覆した銅線を「軟鉄棒」に巻きつけます。なぜ軟鉄棒なのか、それには電信機の特性と深い関わりがあるのです。

 出来た電磁石を電信機の受信側の板に取り付けます。そして、細長いブリキの板を取り付け、その一端は電磁石の真上わずか2〜3mmくらいの間隔になるよう調節します。  
 さらに送信側の「電鍵(でんけん)」とよばれるスイッチを作成し、受信機、電池とつなげます。(写真右)
 なんと参加者全員が実験成功です! 会場のあちこちから「カチ、カチ」という音が聞こえてきました。そしてモールス信号の符号を見ながら言葉を送っていました。

 今度は、「約20mも離れた場所へ、この装置を使って信号が送れるか?」という実験を、参加者が作った装置で行いました。電池は塩酸に銅板と亜鉛版を入れたヴォルタの電池を直列に3個つないだものを使用しました。
 みんな期待して信号を待っています。しかし、残念ながら信号は伝わってきませんでした。そこで乾電池にしたところ、「カチ、カチ」と音が鳴って見事成功しました。
 今でこそ携帯電話などで簡単に連絡を取ることが出来ますが、最初から装置を作るとなると、非常に大変であることがよく分かりました。

 今回使われた材料のうち、「ブリキ」は当時の米とぎの器・じょうろなどに使われおり、また軟鉄も馬の蹄(ひづめ)や釘など、100年前には身近にあったものばかりでした。

 今回の講座を通して、郷土の偉人「石井研堂」を知るとともに、100年前の実験に取り組むことで、信号を伝える事の基本原理や、当時の生活の様子まで考えることが出来ました。
 参加者の皆さん、ぜひ家に帰ってからも「100年前の実験」に挑戦してみてください!