星座の歴史(下)
〜南天の星 目にした欧州人〜

2003/05/28


 

 16世紀ごろになると大航海時代が始まり、ヨーロッパの人々は、より遠方の新しい世界を求めて航海するようになりました。

 彼らは赤道を越え、南半球へと進出しますが、そこでは北天から見られない新たな星空を目にします。こうして南天の星座が作られていきます。南天では北天と比べると、天の川の明るい部分(銀河系の中心付近)も天高いところに見えるため、新世界の発見を望みながら、星空の美しさに胸をときめかせていたのかもしれません。

 南天の星座は、「カメレオン座」や「きょしちょう座」(くちばしの大きな鳥)など、南半球の珍しい動物や、「コンパス座」「じょうぎ座」など航海に使われる道具が星座になり、ギリシアで作られた神話のような物語がないというのも特徴です。

 


「みなみじゅうじ座と南天の天の川」
南天の星座として有名な「みなみじゅうじ座」は
全天の中でも一番小さな星座です。

 一方、ヨーロッパでは、17世紀の天文学者ガリレオ・ガリレイにより望遠鏡が発明され、暗い星まで観測できるようになると今までどの星座にも属していなかった星空の部分ができました。何座であるかが決まっていないと天体観測をする上で不便が生じ、プトレマイオスの48星座の間に新しい星座が作られるようになりました。

 こうして南半球への航海の始まりと観測機器の発達というニつの理由により、十六世紀以降約300年にわたり、星座の制定が盛んに行われました。

 

 しかし、勝手気ままに星座が決められることも多く、さらには星座同士が重複することもあり、星座の統率がとれなくなりました。

 20世紀になり、国際天文学連合が、星座の境界線を決めて世界共通の星座を決めました。この時、プトレマイオスの48星座を基本として、現在の88星座が正式に制定されました。古くて新しい星座の誕生です。

 3回にわたり、現在の星座ができるまでの歴史についてお話をしましたが、はるか昔の人が考えた星座が今でも伝えられているということは、昔も今も星を眺める人々の気持ちには通じるものがあるのかもしれませんね。

 次回は、6月10日の「時の記念日」にちなんで時間と星空についてお話します。

 

(天文係 田辺 玲奈)

2003年5月27日 福島民友新聞 「ふくしま星空散歩」より