2004/05/05


 

 今回の彗星スペシャルにあわせて、雑誌やメディアで活躍中の国立天文台助教授の渡部 潤一先生にインタビューをしてきました。渡部先生は彗星についての研究を専門とされていますが、それ以上に小さい頃から彗星についての思い出がたくさんあるそうです。渡部先生の人生を通して彗星の魅力を存分に語ってもらいました。

(インタビュアー : 事業課 水谷 有宏)

 

<まずは渡部先生と彗星の出会いをお聞かせください>

 1973年の秋、中学1年生の時にコホーテク彗星と呼ばれる彗星が地球に大接近するという話がありました。当時いわき市に住んでいた私は、それを聞いて小学生の時に自分でおこづかいを貯めて買った天体望遠鏡をいわき市の海岸にまで持って行って夜明け前に彗星を観測しました。そのとき見た彗星の感動が忘れられません。非常に綺麗で彗星の頭の部分が大きくて、とても印象が強かったことを今でも鮮明に覚えています。
 それからこのコホーテク彗星は12月28日に近日点を通過して、それ以降は西の空に明るく輝くという予想でしたが、全然見えませんでした。それは結局予想よりも3〜4等も彗星が暗かったということになりますが、それで「どうしてだろう?」と疑問に思うようになりました。
 それ以降、1976年にウエスト彗星と呼ばれる彗星が出現しました。この彗星は夜明けの東の空に現れたときには大彗星になりました。これはもともとあまり綺麗には見えないという予想で前評判はあまりよくありませんでしたが、実際見てみるととても綺麗に観測され、いい意味で予想を裏切る結果となりました。私が中学3年生のときでしたが、夜明け前に自分の部屋の窓を開けて見るとあまりにもすばらしい彗星の姿に思わず声をあげてしまったほどです。


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ウエスト彗星・・・ 1975年9月24日、南米チリにあるヨーロッパ南天文台において、R.ウエスト博士が発見。翌1976年3月には明るさが-2等級となる大彗星となった。尾が扇状に広がり、20世紀における最も美しい彗星として人々を魅了した。

 

<では、渡部先生は小さい頃から天文少年だったのですね?>

 そうですね、コホーテク彗星を観測した天体望遠鏡も小学6年生のときに自分でおこづかいを貯めて買いました。実は小学5年生の1971年に火星が大接近するという話がありました。それを見たくて自分でがんばって天体望遠鏡を買いましたが、その時には実は火星はもう小さくなっていました。

 

<自分でお金を貯めて天体望遠鏡を買おうとしたぐらいですから、よっぽど星や宇宙が好きでしたのでしょうね>

 そうですね。その望遠鏡は会津若松のあるデパートのメガネ売り場に展示してあったのですが、小さいときはその1台しか無いと思ったのでしょうね。誰かに買われて無くなっていないか、いつも確かめに行っていました。

 

<彗星の魅力について、明るさや尾のすばらしさと言ったものがありますが、それ以外にもありますか?>

 1976年のウエスト彗星は予想に反してとても綺麗な姿を見せてくれたり、また1973年のコホーテク彗星は近日点通過後にはなぜか暗くなってしまった。このような予想を裏切る部分というのが「どうしてなのだろう?」という疑問と興味を持つようになりましたね。また、彗星は見つけた人の物語や、その時のストーリーなんかもおもしろいんですよ。ちょうど私が学生の頃はコメットハンター全盛期で、実は私も1973年12月に彗星探索もやったことがあります。しかし、これはとても大変でしたね。それからは彗星を発見することよりも、それをよく調べるほうが楽しいと感じるようになりました。

 

<その後、大学で彗星を専門に研究するようになられたのですね>

 そうですね。大学院に入ってから本格的に彗星の研究をするようになりました。当時、修士1年だった1983年の5月の連休前にアイラス・荒貴・オルコック彗星が地球に大接近するということで、是非観測をしたいと志願したら埼玉県にある堂平観測所(現在は閉鎖)のシュミットカメラで観測をさせてもらいました。この研究が修士論文となりました。このときに彗星の写真を何枚か撮ったのですが、それをよく見ると「コマ」と言われる彗星の中心部分の形が回っているように見えたのがとても不思議に思えました。その当時は彗星のコマがまさか自転しているとは思っていなかったので、どうしてだろうと思い、天文台の先生に聞いて回った覚えがあります。

 

<渡部先生の博士論文はハレー彗星についてでしたよね?>

 そうです。博士論文はハレー彗星のオイラー運動について解明した内容をまとめました。この当時同じようなことを考えていたのが世界中に3人ほどいました。ちょうどそのときにアメリカのアリゾナでハレー彗星の自転についての研究会が開かれて、おもしろそうだったので行きました。そこで自分の研究発表をしたのですが、他の研究者と違ったのは、私は観測家なので、地上の観測データをうまく説明するようなしくみをモデルに入れてあったのですが、それが高く評価されました。

 

<今から彗星の分野から鞍替えしたいとは思いませんか?>

 現在は彗星だけではなく、小惑星などの太陽系全般について幅広く研究活動を行っています。その中ではまだまだ残されている面白いテーマや問題は数多くあるので、当分は鞍替えしたいとは思いません。

 

<彗星、小惑星といったものは太陽系の起源にせまる重要な証拠であるとよく言われていますよね>

 彗星は太陽系の化石と言われていますが、我々は本当に彗星を太陽系の化石として活用しているかというと、そうでもありません。彗星は氷の天体だ、といったぐらいの情報だけでそれから太陽系がどうやってできたのか? といった情報まではまだ引き出せていません。それはそれぞれの彗星について個々の性質が全く見えていない、などということがあげられます。最近になってそれぞれの性質がようやく見えてくるようになりました。で、やっと化石として活用できてきたかな、という時代。そういう意味でまだまだ残された問題もあるし、これからますますおもしろくなると思います。

 

<今回のリニア・ニート両彗星についてお伺いしたいのですが、やはり肉眼で見えるほど明るい彗星が同時に2つ見えるということが目玉なのでしょうか?>

 そうでしょうね。日本ではなかなかリニア彗星のほうが地平線低くに見えるので難しいかもしれませんが、ニート彗星なら簡単に暗い空でしたら見えるはずなので、ヘール・ボップ彗星以来、7年以来の大彗星となる期待があります。つまり今の小学生の子供たちは肉眼で彗星を見たことが無いんですよ。なので、もっと多くの(特に子どもたちに)彗星を見てもらいたい。なおかつ、2つの彗星がやってくるというのがポイントですね。彗星が同時に2つ見えたというのは記録では1618年以来と考えられるので約400年ぶりです。
 今回の彗星は南半球ですと確実に見えると期待されます。日本だと2つを同時に見るのはなかなか難しいかもしれませんが、ニート彗星だけでも肉眼で一般の人が見て彗星だと確認できると思います。

 

<明るい彗星が同時に2つという以外にも、今回の両彗星に科学的な魅力はどういったものがあるのでしょうか?>

 この2つの彗星はいわゆる長周期彗星なので、太陽系のさらに外側に球殻状に広がる「彗星のふるさと」と言われているオールトの雲からやってきたと言われています。なので、特にニート彗星の軌道は黄道面に対してほとんど垂直に立っています。
 また、この2つの彗星は同じところから来たわけではなくて、たまたま同時にやってくるというところもおもしろいですね。


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ヘール・ボップ彗星・・・ 1995年7月、アメリカのアマチュア天文家のA.ヘールさんとT.ボップさんの二人によって発見された。1997年の大接近の時は巨大な核のおかげで白と青の2色の尾をひく、とても美しい姿を見せてくれた。

 

<ところでリニアとニートという名前は今回の彗星以外にもたくさんあるみたいですね>

 そうです。もともと、この名前はプロジェクト名です。これは1997年から彗星の通称には番号をつけないということが(国際天文連合で)決まってしまった。それまではブルックス第2彗星のように同じ名前には番号がついていましたが、これが無くなってしまいました。
 符号「C/2002T7」というのが今回のリニア彗星の正式名称で、これは1つしかないのでこれで区別がつくだろうというのが番号をつけなくなった見解です。しかし、一般の人にとっては符号というのはとっつきにくいし、やはり区別するためにも番号は必要だと私は思います。

 

<今回の両彗星の見ごろは?>

 ニート彗星は5月の連休明けから。リニア彗星は日本では5月の下旬。オーストラリアでは5月19日以降が2つ同時に見られるだろう、と言われています。
 19日は新月なので月明かりが無く、条件が良いのでとても期待しています。

 

<最後に福島県のみなさんにコメントをお願いします>

 福島県には本当の空がまだまだたくさん残っています。これからも暗い空を大事にして、ぜひ彗星を楽しんでほしいと思います。

 綺麗な夜空はその地方の特産、資源になると思います。街から少し車を走らせれば、どこにいっても綺麗な星空が広がっています。ぜひ、今回の彗星をきっかけに星空を楽しんでください。

 
渡部 潤一(わたなべ じゅんいち)・・・

 1960年 福島県会津若松市生まれ。
 国立天文台助教授。専門は太陽系の中の小さな天体(彗星、小惑星、流星など)の観測的研究。特に彗星を中心に太陽系構造の進化に迫る。テレビ、ラジオや出版など、さまざまなメディアにおいて活躍中。